2018年07月31日

世見2018年7月31日後漢王朝時代


★世見★松原照子氏のスピリチュアル情報

<照の日記>
夏に


2018年07月31日 (火曜日)

夏 夏 夏

「夏休み」といえば、子供の頃に書いた絵日記を思い出します。
今のようにチョコチョコと調べられれば、○月○日(晴れ)と、天気の情報が出て来ますが、私の子供の頃は、絵日記を夏休みが終わるころまとめて書こうとすると大変で、天気の所が空白になってしまっていました。


でもネ。私は母のおかげで後からでも書けていました(笑)。


小学2年生の夏休みの作品の発表の日。


先生から「お母様ってお上手ですね」と言われて、顔を赤くした母が今でも記憶に残っています。


だぁってネ。小学2年生の作品とは誰も思わない、京都の舞妓さんが履くポックリのミニ版を、見事に作っていたのですもの。


そんな母に会いたくなります。



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<世見>
2018/7/31 後漢王朝時代


三国志の英雄や豪傑達に心を奪われた人も多くおられることでしょう。


後漢王朝の乱世に、人々は何を思い生きていたのでしょう。
この時代の和帝から始まり、黄巾賊によっての大暴動。70〜80年、大小様々な農民暴動が100回以上も起きた後漢時代の民達にとって、“乱”は希望に繋がる道に思えたのでしょう。


民達は少々の不平不満があったとしても、平穏な日々だけを願ったことでしょう。


頭に黄色のバンダナを巻いても、幸せは遠かったようにも思います。
後漢時代の皇帝は幼過ぎました。それも次々と幼い皇帝誕生だったので、それが混乱と腐敗をつくっていったのです。


民衆の心は宗教へと向かいます。
宗教の教祖は黄巾賊を結成して、後漢王朝の打倒を掲げたのです。


後漢政府は義勇軍を募集します。
この義勇軍募集は中国の歴史を大きく変えて行き、やがて三国の創業者が登場することになるのです。


ここで気になる人が一人おります。
憐れと申しますか、一番信じていた人に殺害されてしまう何進という人です。


宦官の皆殺しを企てて家臣を動かした遠紹。この人物こそが策士であったことは間違いがありません。


時代は変わっても、皆殺しには理由が必要だったのでしょう。
何進の同志の遠紹は、宦官達に殺害された何進の仇打ちとばかりに、宦官の皆殺しをしたのです。


その後の遠紹の活躍はご存知の方も多いことでしょうが、この時代、“親友とは” という課題を私達に残したようにも思います。


洛陽は、今もあの当時の気が残っているように思うのですが。








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posted by キキ at 00:00 | 世見2018年7月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

世見2018年7月30日プレートと日本


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<照の日記>
会話って


2018年07月30日 (月曜日)

一見理屈は合っているように聞こえる話でも、実現が不可能な話だと、人は引いてしまいます。


でも語り手次第では聞き入ったりもします。

会話術ってあるのですよね。
術なのですから掛かると大変ですが、話しベタな人とそうでない人とは紙一重だと私は思います。


自分の話す話に酔い過ぎても聞き手は飽きてしまい、教えようとし過ぎても飽きます。
ということは、自然体でその場を楽しもうとする気持から、話す人も聞く人もリラックスをした時に、人の話って聞ける気がします。



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<世見>
2018/7/30 プレートと日本


日本という国は、地球から見てどのような国なのでしょうね。
私達は気付くことなく地球からのエネルギーを与えてもらっていますが、このエネルギーも場所によっても違いがある気がします。


もしかすると言葉というのは、地球の波動をキャッチして私達がつくり出したのかもしれません。


地球のお考えはわかりませんが、日本というのは地球上において、地表の構造からみて、極めて特徴の多い国です。


地球の表面は、幾つかの岩石にわけられていて板状になっていることから、英語で板=プレートと呼んでいます。


地球上にある数十枚のプレートは、地球の息づきに合わせて動いています。私の表現で言いますと、人間の筋肉のようにも思えるのです。


地球が体を動かしたくなると筋肉も動きだし、時には地表を大きく揺らします。
日本というのはそういう意味でも、地球にとって大切な筋肉運動をして体内コントロールが出来る場所なのかもしれません。


ご存知の通り、日本は4つものプレートの境界付近に位置しているために、地震がとても起きやすいのです。


今地図を見ましても、油断出来ない時期であるのがわかります。
日本海溝は実に深く、8000mもあります。このことも、大きく揺れやすい原因のようにも思えるのです。


地図に今、赤い線が走りました。
熊本大地震をスタートに、別府を通り、松山の少し上を走り、香川を抜け、大阪へ到着。その赤い線は、松阪から三河湾、そして長野に向かう。到着地点が鹿島港辺りで、横には日本海溝があります。


この赤く見えた線がどういう意味なのかわかりませんが、元気になった線に見えました。








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posted by キキ at 00:00 | 世見2018年7月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

世見2018年7月29日占星術


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<照の日記>
大阪っポイ


2018年07月29日 (日曜日)

「いけず」の「にくまれもの」「みたくもない」「よってくな」「ごたくれもん」の「ろくでない」「なぐってまうど」「はったおすど」「くろうもん」の「とうへんぼく」


これって1から10までの言葉合わせなのですが、いつ覚えたのかさえ記憶にありません。
でも、大阪っポイですね(笑)。


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<世見>
2018/7/29 占星術


「宇宙の中心は我にあり」と信じ切っていた、メソポタミアの神官。
彼らは、天体の運行を見て未来を占う、占星術なるものを作り出したと言う。


古代メソポタミア時代と、今も変わることのない天体。


古代人が見上げた夜空と、我々が都会で見る夜空とでは、随分と見え方も違っていたことでしょう。
星が降りそうな夜空。こんなにも星があるのだと思える夜空。都会人は忘れてしまったのかもしれません。


アメリカで占星術が大流行したことがありました。
西部から始まり、やがて中部、そして東方全土へと広がったといわれています。


占星術のことは知りませんが、アメリカで今も多くの人が星の影響力を信じていると言われています。
この“多くの人”というのがどのくらいかと聞かれてもわかりませんが、根強いファンがいるらしいのです。


1976年、不思議なことが起きました。
18名ものノーベル賞受賞者を含む科学者達186名が、「占星術には科学的価値がない」という声明を発表したと言うのです。
不思議でしょう。


占星術を、改めて声明発表することなのでしょうか。
自分の未来に何が起きるのか、私達が興味を抱くのはごく普通のことだったのでしょう。


あのアドルフ・ヒトラーも占星術を信じていたといわれているらしいのですが、未来を読み切れずにあのような最後でこの世を去りました。


ミュンヘンの暴動もこの占星術から起きたのかもしれませんが、占いとは、捉え方ひとつで幸にもなるし不幸にもなる、というお手本がヒトラーだったのかもしれません。








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posted by キキ at 00:00 | 世見2018年7月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする