2016年02月20日

世見2016年02月20日弥生時代の人口は59万人







松原照子氏のスピリチュアル情報

<照の日記>
感謝


咲いた花は散って行きます。
草花って他の生き物から食べられてもなぜ腹を立てないのだろう。


こんなことを散り行く花を見ながら思いました。
カバがある村のコーン畑を食べ尽くすテレビを見て、カバも大変なんだなぁと思っちゃいました。
たしかにネ。


住民にとって大切に育てたトウモロコシ。
自分達だって食物が豊富ではないのだからカバは外敵。


夜の監視も命懸け。
カバとの戦いの日々なんて想像もつかないけど、この地球で暮らす人々の生活は様々。
今日一日、食に困らない現実に感謝!


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<世見>
2016/02/20


日本においての人口調査は戦国時代まで遡れます。
戦国時代の各大名は人間を重要な戦力として考えていたために人口調査は必要でした。


現在の人口になるまでの道のりは歴史物語を見るのが一番ですが、今から416年前の1600年頃の人口は1227万人だったといわれます。


弥生時代が59万人だといわれるのですから、どれだけ血のつながりのある人達が自分の周りにおられるのかがわかります。


現在はあまり人種差別的なことは少なくなりましたが、こうして人口を見直しますと親戚だらけです。


だからネ。
皆仲良くしないと駄目ですネ。


日本はネ。
地球表面で極めて個性的な国なのですよ。


4つのプレートがあり、親潮と黒潮の特徴を生かして日本の海を作っています。
黒潮は3年くらいで日本の海に帰って来ると不思議な世界の方に教えてもらいました。


日本海は大昔 陸続きでした。
そして、湖のようになり今の姿になりました。


海峡もいっぱいあります。
美しかった砂浜は消滅の危機にさらされていますが、かつては美しい海岸でした。


あなたの近くに自然公園はありませんか?
暖かくなったらお出掛けしてくださいネ。
たまには、日本の良さを堪能しないと損をしますよ。


海に近い人は潮風に当たり海彦気分になられ、山に近い人は山の気を感じ山彦気分なって見るのも心が洗われますよ。


桜の花達ももう少しすると木の中でモコモコと動き始めるでしょう。








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posted by キキ at 00:00 | 世見2016年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

世見2016年02月19日テレ・アヴィブ







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<照の日記>
介護


介護、今は必要ではありません。
いつの日か「介護」この言葉がピッタリと当てはまる日が来るかもしれません。


今日のような日は母を思い出します。
私は母から見ていい子だったのか?
最後は施設での生活をさせてしまってちょっぴり後悔も残ります。


母親が変身をし始めた頃私は認知症を認めたくなくてついつい語尾を強くしてしまいました。


食べても 食べても食欲旺盛な母に体のことが心配になり激怒した日が懐かしい。
今、あの日を思い出すと、母は私が何故腹を立てるのかわかっていませんでした。


お菓子と飴を菓子器いっぱいにして母の笑顔が返ってきた日。


あの日から12年以上も経ちました。
お母さん そちらでの生活は楽しいですか?
今日はいつもよりお線香の本数を増やします。


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<世見>
2016/02/19


明石港くらいの港がある新興都市ってどこなのでしょう。
明石と云えば明石城に蛸 番長皿屋敷でも有名です。


瀬戸の海はたな・たなとお日様の輝きに合わせて踊ります。
目の前には泳ぎに自信のある人なら泳いで行けそうな淡路島が見えます。


日本の標準時に明石市が選ばれたのは東経135度と切りがよかったのが決め手でした。


阪神淡路大地震をあれだけ大きくしたのは関空と明石大橋の工事が要因だったと信じ切っている私がここにいますが、明石駅に下車すると下町っぽい 田舎っぽい 城下町っぽい雰囲気が漂っています。


「日本の明石港くらいの都市って・・・」
私が考えてもわかるはずはありません。


いつものように聞こえるがまま 感じるがまま 見えるがまま書いて行くことにいたします。


「テレ・アビィブ」ホ〜ラ いきなり来ましたよ。


「旧約聖書に出て来るヤッパは明石港によく似た港でした」
「ほんの少し前までは明石から須磨までの砂浜はそっくりでした」


「現在は双方かなり様変わりしましたが、旧約聖書の中にヨナが船出するシーンを思い浮かべたいのなら地中海の向う岸を淡路島に見立てて夕日が沈む景色を眺めて見るのもお薦めです」


「日本人の気質とヤッパに古くから住んでいる人の気質には共通点があります。


意外とこの街で日本語に出合えるかもしれません」
「テレ・アビィブ」って日本赤軍が向かった先? 最近、聖書に関心が出て来ました。


大昔の人々の心が聖書から感じられたら嬉しいのにとも思います。








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2016年02月18日

世見2016年02月18日声を出す大切さ







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<照の日記>
希望を持って


昨年の今日あなたは何をしていましたか?又、どんな思いの日でしたか?


私は忘れちゃいました。
特別な出来事がない限り人って覚えていないのですネ。


なのに誰かさんにこんなことを言われたとか、されたことは昨日のことのように思い出せるのですよネ。
何でなんでしょう。


自分にとって嫌な思い出は直ぐに思い出せます。


もしかするとネ。
自分の人生はもっと華やかなはずと、心のどこかで思っているからかも知れません。
だから私達って、未来に希望を持って生きられるのだと思います。


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<世見>
2016/02/18


心の病に罹る人が増えています。
ご本人も辛いけど身近でその人のことを見ているのも辛いことです。


心の病は万国共通です。
静かで気立てのよい内気な女の子がいました。学校の成績は中の上クラス。
彼女は高校に入るまで問題は特別ありませんでした。
兄と姉とも仲の良い女の子でしたが語り合える友はいませんでした。


彼女の憧れは母親。母親はピアノを教えていました。
彼女は母親に近付きたく幼い頃からピアノを母親から習っていました。


兄と姉は高校を卒業した年に都会に就職をして出て行きました。
父親は家族との語らいをあまり好みません。兄と姉がいなくなってからは三人暮らしです。学校でも家でも語り合える相手がいなくなりました。


大好きな母親の心配する声だけが大きく聞こえ始めます。口数が少なかった父親も話しかけてくれるのですが、聞き慣れない声に対応がわからなくなってしまいます。


数カ月後彼女は学校にも行けなくなり、食事も自分の部屋で一人ですませるようになります。彼女の好きなことはパソコンの世界だけになって行きました。


彼女は妄想をすることで自分を取り戻そうとしていましたが、いつの間にか妄想と現実の境目がわからなくなって行きました。そして、とうとう精神科の門をくぐることになりました。


これはほんの一例です。
確かに人との会話で問題が起きることもありますが、声を出せる健常者は言葉を発信しないと自分が自分でない錯覚と孤独感が心に育ちます。


メール時代の現在、ご自分が書く文章がご自分の素直な気持ちかどうかくらいはわかっていないと落とし穴があります。








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posted by キキ at 00:00 | 世見2016年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする