2015年04月30日

世見2015年04月30日アッサラーム・アライクム!







松原照子氏のスピリチュアル情報

<世見>
2015/4/30


ハンガリーに、ユダヤ系イスラム学者のゴルトツィーハーという方がおられました。
ブタペスト大学ではアラビア語とイスラム学を教えていました。


彼はイスラム法学や神学を究め、現在では消滅したイスラム法学派のひとつを研究し、ドイツ語で多数の著作を出された方のようです。


今日、何故このようなことを書いているのかさえわかりませんが、世界を震撼させる過激派が多くいるイスラム国の兵士達に一度読んで欲しくなりました。


私は、ハンガリーのゴルトツィーハー氏が本当のところ存在しておられるのか存在しておられないのかわかりませんが、原稿用紙に向かうとこんな言葉が浮かんで来ました。


イスラム教徒が多く住む地域はこれからも紛争が絶えないことでしょう。
私は不思議な世界の方に教えていただいた「アッサラーム・アライクム」という挨拶語がとても大好きです。


だぁってネ。
「あなたの上に平安を」という意味なのですものネ。

又、この挨拶に対して
「ワ・アライクム・アッサラーム」と返すそうです。

この言葉の意味は「そしてあなたの上にこそ平安を」なのですよ。


だからネ。
イスラム教徒の皆様は、コーランによって決められたステキな言葉をもっと使って欲しいと私は思います。


だぁってネ。
丁寧な言葉で挨拶を返すことが礼儀なのでしょう。


挨拶を返す時、「そしてあなたの上にこそ平安とアッラーの慈悲と福がありますように」というのでしょう。


イスラム国の兵士達もイスラム教徒なら、戦場でも丁寧な挨拶を心掛けると、戦いが如何に無意味かがわかると私は思います。


<照の日記>

喜びなら

最近感動することと出会えません。
と言っても、改めて過去を振り返って見ても感動した思い出があまり浮かびません。


だからと言って感動体験がないのも淋しいものです。


でもネ。
感動と云うから重く受けとめるけど、喜び事だとしたら誰にも負けないくらいいっぱいあります。
今日もお土産のおまんじゅう最高です(笑)!



■追記
6月13日(日曜日)大阪で講演会をさせて頂きます。
1年に1度、思い出いっぱいの大阪での講演会「今から緊張してどうするの」と、自分に話しかけながらも、私の事を待っていて下さるかと思うと、頑張れる勇気が出てきます。


きっと、ご参加くださった方のお気持ちをいただき、質疑応答にも気合が入ると思います。
それと、もしかすると、不思議な世界の方々とのライブも出きるかもしれません。
6月13日 張り切ります(笑)

「第8会松原照子特別講演会in大阪」受付開始のお知らせ
http://terukomatsubara.jp/archives/2819.html


箱根山噴火についてすでに書かれていた松原氏の世見
★新春特別企画『2015年世見』★
★世見2014年10月21日日本は火山列島★









記事引用元はこちら⇒幸福への近道より
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posted by キキ at 23:00 | 世見2015年4月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

世見2015年04月29日「たかあまはら村」







松原照子氏のスピリチュアル情報

<世見>
2015/4/29


昔 昔あるところに、「たかあまはら」という村がありました。
この村には村を大きくした村長さんがいました。


この村長さんは、豊かで明るい世界を作りたいと望む神官と、村長さんを手助けする二人の副村長と、村の防衛を担当する隊長の四名と共に発展に働いたのです。


この村での決め事が素晴らしい。
一人一代の役職でしたから、世襲制でないのが発展をもたらしたのでしょう。


ひとつの国が出来上がるのには優れた人材が必要です。
村長に姿をあまり見せない高官がいたそうですが、その人の役どころはどんなことだったのでしょう。


豊かになった村には人々が集まります。
開拓も始まりました。そこで、開拓の長も誕生し、副開拓長も決まり、着々と村人の生活が楽になって行きます。


家の建ち蓄えもでき、知恵を絞り新たなる時代へと進みました。
この「たかあまはら村」は、やがて大和朝廷になり、日本国ができたのです。


天地(あまづち)初めて発(ひら)けし時
高天原に成れる神の名は 天之御中主神


アァ やっと書けた(笑)


国作りと言いますのは、時代が変われど力比べが起きます。
机上の空論は現実の逃避。いつの世も問題を作ります。
上に立つ者が失敗を恐れると何事も前に進みません。


日本を背負う政治家や官僚の方々は、一度、古事記をよくお読みいただきたいと思います。


古事記の中の「かぐつち事件」は今の世とあまり変わらぬ世界にも思えます。
人間が営む生活は変われども、人の心はそれほどの多差はありません。むしろ変化なしのように思います。


<照の日記>

三日より

ほんの短い期間しか自分で決めたことも実行できない人っていますよネ。

きっとネ。
自分の考え方よりも、決めたことに意欲も興味を失くしたからかも知れません。

だからネ。
「三日坊主」なぁんて言われないためにもご自分が決めたことは三カ月続けましょうよ。

三カ月続くと意外と身に付いているかもしれませんからネ。







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posted by キキ at 23:00 | 世見2015年4月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月28日

世見2015年04月28日ヘブライ語がごく普通の日本語として使われている







松原照子氏のスピリチュアル情報

<世見>
2015/4/28


私達人間一人一人は地球細胞のひとつでしかないと、私は随分と前からこのように思っています。人はよく「自分のことをわかって欲しい」と思いますが、この思いも地球に語りかけている気さえします。


地球細胞のひとつと考えると、私達一人一人が何気なく思うことや深刻に考え込むことや全ての喜怒哀楽を、地球はわかっておられる思いにもなってしまいます。私は自分との対話をとても大切にしています。


だぁってネ。
地球さんが聞いておられるのならぞんざいな言葉は使えませんものネ。


きっとネ。
大昔の人は地球の気とひとつになって生きていたと思います。


私ネ。最近腰が悪いせいか座る時、「ドッコイショ」とこんな言葉がよく出て来るようになったのですが、私のこんな掛け声を聞いて不思議な世界の方は


「それはヘブライ語ですよ。打ち砕け 生き残れる仇を、という意味です」
ドッコイショの意味を教えられると使えなくなってしまいますが、癖になっているのかドッコイショが出てしまいます。


不思議な世界の方が話されるのには、ヘブライ語がごく普通の日本語として使われているようです。


私達の身に付いた言葉には神秘の世界が詰まっているのです。
私が不思議な世界の方から教わったことは、地球との交信と申しますか、私達には感じとれない世界の中に人類の地球との会話があるようです。


言葉がひとつに統一していないのは地球が表面に発するエネルギーの違いからだと言われます。
その中でも日本は、言葉という世界ではどなたの心にもどんな言葉でも受け入れられる力があるようです。



<照の日記>

そんな日は

理由なく機嫌の悪い日ってありませんか。

そんな日ってネ。
きっと、心が年寄りなのですよ。

だからネ。
散歩でもそんな日にはしましょうよ。

そうそう、歌も口ずさむのよ。
心が若返ると機嫌何かすぐに治ります。







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posted by キキ at 23:00 | 世見2015年4月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする