2017年07月07日

バカをつくる学校「学校教育の第4の目的」







Dumbing Us Down: the Hidden Curriculum of Compulsory Schooling

バカをつくる学校「読み・書き・計算」は百時間で学べる
バカをつくる学校「7つの教育方針」
バカをつくる学校「隠れたカリキュラム」
バカをつくる学校「義務教育はこうして生まれた」
バカをつくる学校「そして子どもはこうなった」



つくり変えられた学校


現代の学校教育に「第4の目的」があるとするなら、その前の3つは何だろうか‥‥。
アメリカの伝統的な教育制度には、建国当初から次のような明確な目的があった。


@ 善良な人間を育てること
A 善良な市民を育てること
B 生徒1人ひとりの能力を最大限に伸ばすこと



ところが、1890年以降に導入された新しい集団教育には、さらに第4の目的が加わり、これら3つの目的をわきへ追いやった。この第4の目的とは、ドイツの学校のように、子どもたちを企業や政府のために奉仕させるというものだった。


つまり、マインドコントロールによって、子どもたちの購買意欲を刺激し、学校を消費拡大のための精神的訓練の場にするというわけだ。


そのためには、学校はまず退屈な場所でなければならなかった。なぜなら、退屈こそ消費の原動力となるからだ。また、幼稚な人間は簡単に納得させられるため、大人になっても幼稚なままの人間を生み出すことは、学校という“工場”の最優先事項だった。当然、教師や管理者はこの計画の対象外だったが、中央当局からの指示に従わない場合、彼らはすぐにクビにされた。


この新しい義務教育制度によって、学校は大企業の要望に合わせてつくり変えられていった。企業が求めるのは、規格化された消費者や従業員だった。


なぜなら、規格化された人びとは数学的な公式によって厳密な予測が可能だからだ。つまり、企業(政府)が効率性を実現するためには、単純な仕様に設計された人間が必要なのである。こうして、学校は時代とともに少しずつ商業化されていった。


ただ、このプロセスは均一に進んだわけではなく、地域によって強い反発があったり、時期によって大いに支持されたりすることがあった。とくに、第一次世界大戦や大恐慌、第二次世界大戦やスプートニク危機(スプートニク危機Sputnik crisisとは、1957年10月4日のソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功の報により、アメリカ合衆国を始めとする西側諸国の政府や社会に走った、衝撃や危機感を指す)といった国歌の非常事態やその直後には、計画が急激に進展した。一方、より平和な時期には停滞や譲歩を余儀なくされた。


しかし、どんなに激しい抵抗の中でも、第4の目的の背後にいる組織―――は、二十世紀をつうじてますます中央集権化され、支配を強めていった。彼らは競争相手を消耗させ、根負けさせるだけの豊かな資源を持っていた。


子どもたちのマインドコントロールという目的には、それだけの計り知れない価値があったのだ。



学校は危険な場所

1900年以降、学校は非人間的な場所になっていった。そこでは、子どもたちは「人的資源」と見なされた。この言葉を耳にするとき、あなたの前には、第4の目的にかなった多くの労働者がいるはずだ。


それまでのアメリカでは、子どもは個性や自立を期待され育ったが、人的資源としての子どもたちは、「農場」に合わせて形作られることになる。


その農場とは、ほとんどの場合、大企業や主要政府機関である。
アメリカンドリームを揺るがすこの革命は、不快な副産物をもたらした。雇用主は、従業員が組織の歯車としてひたすら働くことを求める。それはつまり、自分の頭で考えない人間こそが、企業や政府にとって最高の働き手であるということにほかならない。


マディソンやジェファーソンといった独立当初のアメリカ人は、この矛盾に気づいていた。しかし、現代人はそれを忘れてしまっているようだ。もしそうなら、社会的効率のためにその事実を完全に葬り去るほうが、義務教育制度の最大の課題でなければならない。


一方、学校は精神的にも肉体的にも危険な場所になってしまった。
実際、学校はつねに一定の緊張感をつくり出し、子どもたちに自分や友人を信頼しないように仕向けている。


その息苦しさから解放されるには、当局に訴えるしかないが、たとえ訴えたとしても、慰めが得られることはほとんどない。



余談:大阪府内の吹奏楽とマーチングで有名な私立高校では、年間の休みが3日しかないほど、練習に明け暮れています。全国1位を目指し頑張っています。実際この学校のマーチング演奏を観に行きましたが、素晴らしいものでした。しかし、クラス内で盗みはたびたびあり、それぞれ、イコカのパスと現金を入れたネックストラップを常にぶら下げていると聞きました。クラスメートを信用できないからです。常にいらいらと家族に当たり散らし、家には寝に帰るだけ…。


娘のいじめ問題で、教育委員会に転校を希望したことがありました。教育委員会は判で押したような回答しかせず、取り合う気もない様子でした。役人というものは、ここまで子どものことを考えてないのだと見せつけられると、今後も相談するようなところではないと確信しました。結局そこを飛び越えて上に相談するしかありませんでしたが、そのようなつてがない場合は、手がありません。


いろんな地域の教育委員会の凋落ぶりには閉口します。まったく頼りにならないし、どちらかというと邪魔をします。いじめ問題の対応にそれが表れています。


話を戻します。


十九世紀半ば、教育改革者のホーレス・マンは、義務教育が善良な子どもを育てる「警察」の役割を果たすとして、実業家たちに売り込んだ。しかし、二十世紀に入ると、学校は企業や政府の下請け機関として、地獄への入り口にされたのである。


学校の無意味なプレッシャー

二十世紀が進むにつれて(とりわけ第二次世界大戦後)、学校は企業と政府のための行動訓練センター、あるいは実験施設になっていった。この計画の当初のモデルはプロイセンだったが、それを覚えている人はほとんどいない。


学校生活は懲役そのもので、繰り返される「標準」テストのプレッシャーが子どもたちを苦しめた。しかし、そのために彼らがどんなに勉強しても、結果は現実を測る尺度にはならなかった。


たとえば、ビル・ブラッドリーとジョージ・W・ブッシュの例。彼らは2000年の大統領選挙で最終候補者に残った4人のうちの2人である。民主党候補のブラッドリーは、SAT (標準学力テスト)の言語スコアが480点だったが、それでもプリンストン大学を卒業し、ローズ奨学金を得て上院議員になった。一方のブッシュも、イエール大学を卒業し、テキサス州知事からアメリカ大統領になったが、スコアは550点だった。


このようにたとえSATのスコアが平凡でも、知事や上院議員にもなれるなら、こうしたテストはいったい何を測っているのだろうか。


優秀な科学者とそうでない科学者を区別しているのだろうか。もしそうなら、ヒトゲノム解析計画に参加七得るような科学者が、お世辞にも立派とは言えない学歴をもっているのはどういうことだろう。

続く






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2016年03月25日

バカをつくる学校「そして子どもはこうなった」








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バカをつくる学校「義務教育はこうして生まれた」


Dumbing Us Down: the Hidden Curriculum of Compulsory Schooling

では、このように成長に必要な時間を奪われ、抽象的な概念しか与えられない子どもたちは、いったいどうなるのか。


@「大人の世界に無関心になる」
昔の子どもにとって、大人が何を考えているかを探るのはじつに刺激的な行為だった。しかし、最近では、誰も子どもが成長することを望まず、何より子どもたち自身がそれを望んでいない。彼らを責める資格は誰にもない。大人はただのおもちゃになったのである。


A「集中力がほとんどなく、あっても長続きしない」
今の子どもは、自分で選んだことに対してさえ、集中力が持続しない。これはチャイムによる強制的中断と関係があるのではないだろうか。


B「未来に対する認識が乏しく、明日が今日とつながっているという感覚がない」
彼らは現実の連続の中で生きており、その瞬間、瞬間が彼らの意識の境界になっている。


C「歴史に関心がない」
彼らは過去が現在をどう運命づけ、自分たちの選択にどう影響し、価値観や生活をどう形成したかということに興味を示さない。


D「他人に対して残酷になる」
勝っラは不幸な人への思いやりに欠け、弱い人や助けが必要な人を馬鹿にする。


E「親しさや正直さを拒絶する」
彼らは他人と親しくすることができない。それは、テレビの影響による偽りのイメージや、教師を操るための見せかけの態度の中に、本当の自分を隠してきたからだ。他人の親しさに触れると、その見せかけのイメージが壊れるため、彼らは親密になることを避けようとする。


F「物質主義的になる」
彼らはあらゆることに成績をつける教師や、なんでもかんでも商品にしてしまうテレビの影響で、精神的なものを無視する傾向がある。


G「依存的で、受け身で、新しい挑戦に臆病になる」
彼らはしばしばこの臆病さを、強がりや怒り、攻撃的な態度によって隠そうとするが、その下には無防備な弱い自分がいる。



この他にも、教育改革が取り組むべき問題はたくさんある。しかし、同意を得られるかどうかは別として、私はこうした病的パターンの原因が、学校もしくはテレビ、あるいはその両方にあると思っている。



ちょっとした計算でわかることだが、子どもたちは他の原因が生じる余地もないほど、この2つに時間を奪われているのだ。
以上



「ネパールの蒼い空」という岩村昇医師の著書の中で、
岩村医師がコレラや結核で親を亡くし孤児になった子どもたちを引き取り育てていた中の1人、バブラム少年は、9歳の時から4年間、放浪の旅をつづけてインドまで行き、その武勇伝を語る場面があります。



実はネパールの山の子どもたちにとっては、これは案外普通のことだと書かれてあります。彼らは、5.6歳にもなればちょいちょい使い走りなどで山を超えたりする。男子12〜3歳にもなれば諸国行脚の夢に燃え、たとえば道連れの友だちが見つかったりすると、ひょいと草刈りに出たまま帰ってこなかったりします。



これはネパール語で「グムネ」といい、当の母親たちは、最初は心配しているが、そのうちに「あ〜グムネだ〜」と得心します。日本では考えられないですね。



山の子たちは、5.6歳になれば立派な労働者で、村になにか相談事が起きた場合、この子どもたちも立派な発言権があります。大人たちと同列に並んで発言します。「子どもは黙ってろ」とかなく、子どもたちが堂々といろいろなことを発言し、大人たちもそれを黙って聞いているのです。



こういうこともあり、12〜3歳になって「グムネ」に出かけるのは彼らにとってなんでもないことのようです。この著書は、50年くらい前に岩村医師がネパールに行き、公衆衛生医として現地に下ろし、草の根の人びとと生きた記録です。


ネパールに大地震が起きたのが昨年2015年4月です。こうした人びとは今どのように生きているでしょうか。地震が起きたとき、テレビ画面に観たネパールの山岳地帯は、岩村医師の本の中と同じように私は感じました。岩村医師が活躍していた時から50年、基本は変わっていないような気がします。



苦しい生活は続いているようですが、ネパールの人びとはわたしたちとは全く違う価値観で日々を営んでいます。モノを持たず、裸足で、明日を夢見る子どもたち。岩村医師には彼らの瞳はキラキラと輝いて見えたことでしょうね。


バカをつくる学校「学校教育の第4の目的」へ続く






バカをつくる学校
ジョン・テイラー・ガット著より
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2016年03月23日

バカをつくる学校「義務教育はこうして生まれた」







バカをつくる学校「読み・書き・計算」は百時間で学べる
バカをつくる学校「7つの教育方針」
バカをつくる学校「隠れたカリキュラム」


Dumbing Us Down: the Hidden Curriculum of Compulsory Schooling

義務教育という形態は、1850年ごろ、マサチューセッツ州で考案された。当初、住民の約80%がこの制度に反対し、銃で抵抗することさえあった。最期の砦となったケープコッドのバーンステーブルでは、1880年代までそうした抵抗が続いたが、街はついに義勇軍に包囲され、子どもたちは護衛つきで学校へ向かった。


ここで、おもしろいデータがあります。
同州の上院議員エドワード・ケネディの事務所が発表した文書によれば、義務教育が導入される以前、州の識字率は98%でしたが、導入後は、1990年の91%が最高だということです。


もうひとつおもしろいデータがあります。現在、ホームスクーリング(自宅学習)の運動が静かに広がり、約150万人以上の子どもが親から教育を受けています。教育専門誌によれば、自宅学習の子どもの思考力は、学校に通っている同級生より、5年から10年進んでいるということです。



続けます。

私は学校がすぐになくなるとは思わない。おそらく、私が生きているうちは無理だろう。しかし、無知による悲劇をこれ以上広げないために、わたしたちは「学校」という教育制度(教育などしていないが)をよく知る必要がある。


学校の問題点は、何よりその目的にある。それは教師の質や予算不足とは関係ない。そもそも、教育と学校制度とは、同義語になり得ないのである。


最初に学校制度の構想をまとめたのは、教育改革者のホーレス・マン、シカゴ大学のハーバードとシアーズ、コロンビア教育大学のソーンダイクといった人びとで、その目的は大衆を厳しく管理することだった。つまり、学校は公式どおりに行動する人間、コントロール可能な人間を生み出すためにつくられたのである。


この役割はみごとに果たされ、社会ではますます階級化が進んでいる。そこでは、「支配階級」だけに自立と個性が許され、それ以外の大衆は問題にされない。弱者を守る地域社会は衰退し、孤独なネット社会だけが生き残る


従うことに慣れた人びとは、写真のフィルムやかみそりの刃を売ったり、単純な事務処理をしたり、電話のオペレーターをしたり、パソコンの入力をしたりするだけで、自分の頭で考えることを知らない。要するに、他人に対しても、自分に対しても、役に立たないのである。


こうした悲劇の原因は、30年前にポール・グッドマンが言ったように、バカげた学校制度にある。教育改革をするなら、この不条理な制度を何とかしなければならない。


同じ年齢、同じ階級の人びとをまとめて監禁するような制度に従うことは、人生を台無しにすることにほかならない。それは人間のあらゆる可能性を奪い、人びとを過去や未来から切り離して、ただ連続する現在にとどめようとするのだ。


チャイムの音で教室を移動させ、個人のプライバシーどころか、家庭という聖域にまで踏み込んで「宿題」をやらせようという学校―――そんなところで子ども時代を過ごすのは、実に愚かで、不自然なことである。


「でも、読み書きはどうやって覚えるの?」と思う人もいるだろう。マサチューセッツ州の話を思い出してほしい。狭い教室での授業より、自由を与えられた子どもはそれが自分の人生に必要だと思えば、簡単に読み書き・計算を覚えるものだ。


ただし、アメリカでは、読み書き・計算ができてもあまり尊敬されない。この国では、話すことがもっとも重視され、言葉を口に出して初めて富や賞賛が得られる。そのため、子どもたちはそんな大人を真似して、話してばかりいる。彼らに「基礎」を教えるのはむずかしい。それはもう今の社会にとって基礎ではないからだ


【テレビ・学校・習い事】

現在、こどもたちの生活は2つの習慣に支配されている。それは「テレビ」と「学校」である。この2つは、彼らが分別や態度、勇気や正義といったものを学ぶ機会を奪っている。そもそも、幼少期や思春期というのは、実際に仕事を体験したり、冒険したり、思いやりを知ったり、自分が本当に学びたいと思うことを見つけたりする時期だった。


子どもはその時期の大半を地域社会で過ごし、あらゆる人々との交流をとおして、家庭を築く方法など、一人前の大人になるための知識を学んだ。ところが、今の子どもたちにはそうした時間がない。


週168時間のうち、56時間は眠るとして、彼らの自己形成のための時間は週120時間である。報告によれば、最近の子どもは週55時間テレビを見るというから、残りは週57時間になる。


しかし、彼らは週30時間を学校で過ごし、約8時間を通学とその準備に使い、さらには週約7時間を宿題に費やす(合わせて45時間)。しかも、彼らはこの間ずっと監視され、プライベートな時間どころか、個性を示そうとすれば罰せられる。


結局、彼らに残された時間は週12時間だが、当然食事もする―――家族そろっての夕食はめったにないため、それほど長くはかからない―――ので、それを週3時間と考えると、自由な時間は実質週9時間ということになる。


一旦中断
これは数年前のアメリカの話ですが、これにさらに時間がないのが、日本です。ある日の小学生は、16時頃下校、校門前に親が塾に送り届けるために車で待機、おにぎりを車の中で食べさせます。そして30分くらいで塾に到着、予習かなんかやって17時から授業、20時くらいに授業が終わり、また親が塾に迎えにきます。これを週に3回くらいやっています。


塾の開始時間が遅い場合は、自宅でわずかに遊ぶ時間があります。ボール投げしたり、テレビ見たりできます。でも塾に行ってトウゼン帰宅は遅くなります。例えば公文などに行っても、週2回くらいは1時間半くらいこうした勉強をするようです。イマドキのお子様は器用で、曜日によって、公文、ピアノ、ヴァイオリン、水泳などをこなします。






話しを戻します。

これではとても時間が足りないのではないだろうか。たしかに、裕福な家の子どもはテレビを見る時間が少ないが、その代わり、彼らは意に沿わない習い事に追われている。


こうした「時間割」は、依存的な人間を作り出すための隠れた手段だ。彼らは自分の時間の使い方がわからず、事故の存在の意味も目的も、その喜びもわからない。この依存的で無目的な生き方は、国民的な病気である。それは学校やテレビ、習い事と深い関係があるはずだ。



深刻な社会問題―――麻薬や暴力、愚かな競争、性の乱れ、ギャンブル、アルコール、そして金品への執着―――もまた、じつは依存的な人格による病気であり、学校教育の産物にほかならない。
以上抜粋


ネパールは貧しい国です。貧富の差も激しくあり、カースト制が大きな壁になっていて、人びとの差別も大きいのですが、ネパールに尽力した草の根の医師、岩村昇さんは、著書の中で「男の子は、10歳にもならぬうちにある日いなくなり、インドなど着のみ着のままで冒険し、数年後帰ってくる」と書かれてありました。とてもしっかりしているんですね。

バカをつくる学校「そして子どもはこうなった」へ続く







バカをつくる学校
ジョン・テイラー・ガット著より
posted by キキ at 17:15 | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする