食物連鎖における放射性物質汚染:
デイビッド・ウォルトナ=テーブス教授
大気中への拡散について放射性核種の大気中への拡散は、放出された放射性物質の量、放射性物質が大気のどの程度の高度にまで放出されるか、プルームの上昇・拡散に影響を与える風向きと天候変化によって左右される。
大気中に拡散した後、放射性降下物が実際に地上でどのように拡散するかは、大部分が降水パターンによって決まる。その降水パターンは、煙などの大気中に浮遊する粒子状物質と地形によって左右される。
その結果、放射性レベルの高い地域が不均一に存在することになる。チェルノブイリ事故後には、厚い木々の繁みが地面に降り注ぐ前に雨をとらえる「ツリー・アンブレラ」効果も見られた。
土壌によるコケ・キノコ・植物への取り込み傾向放射性核種が地面に到達すると、土壌に含まれる有機物やミネラル分が放射性核種の拡散や、食物連鎖への取り込みに影響を及ぼす。例えば、有機物の含有量が高く粘土の含有量が低い土壌で成長する植物は、放射性セシウムの吸収量が高い状態が長年続くことが予想される。
粘土状の土壌はセシウムと結合する力が強いため、セシウムが植物に吸収される速度は粘土分の少ない土壌ほど早くない。
植物による放射性核種の取り込みは、関連する放射性核種、植物の成長段階、植物の種類、土壌の状態によって変わってくる。チェルノブイリ事故後、ベルギーではホウレンソウのような葉物野菜においてヨウ素131の濃度が高かった。
植物の葉に蓄積された放射性ヨウ素の10〜40%は、おそらく直接吸収されたものと考えられる。一方、スウェーデンではホウレンソウの放射性セシウム濃度は非常に低かったが、これは、放射性核種がセシウムであったことに加えて、ホウレンソウの成長段階や土壌の種類がベルギーとは違っていたことを示している。
地衣類(コケ)や一部のキノコは、土壌の水分ではなく地面などの表面の水分に依存しているため、とりわけ汚染された雨水の影響を受けやすくなる。さらに、地衣類の成長速度は非常に遅く、したがって長期間にわたって放射性核種を集めて濃縮すると考えられる。
カナダ極地の一部地域では、放射性セシウムの実効環境半減期は推定10〜12年とされてきた。
植物の根がセシウム137を吸収する量は葉の吸収量よりも少なく、したがって、チェルノブイリ事故後に耕したが種まきを済ませていなかった土壌で成長した穀物は一般に汚染濃度が低かった。
野生動物・家畜への取り込み傾向植物と同様、さまざまな動物が放射性核種を取り込む量も、全体的に複雑な相互作用によって変わってくるが、餌の摂取が重要な決定要素であることは明らかである。
トナカイとカリブーは地衣類と密接に結びついているため、とりわけ影響をうけやすい。ノルウェーとスウェーデンでは、チェルノブイリ事故前の汚染レベルは200〜300ベクレル/kgであったが、事故後は数値が跳ね上がり60キロベクレル/kgを上回ったケースも見られた。
ヒツジとヤギはウシやウマよりも地面に近いところで草を食べ、ヤギは新芽を食べる。したがって家畜の中では、このような小型の反芻動物が最も影響を受けやすい。
ウシにおける放射性セシウムの生物学的半減期はおよそ5週間、ヒツジは約2週間であるが、イギリスのヒツジの中には、2006年4月に高地の放牧地から降りて来た時に、まだ1000ベクレル/kgを上回る放射能量を示していたヒツジもいた。
また、ノルウェーでは、2006年10月にヒツジの放射性セシウム濃度が7000ベクレル/kgを示していた。こうした数値が記録されたとなると、環境暴露は長く続いているに違いない。
2006年の汚染レベルが高かったのは、その年は降水量が多く、キノコがたくさんとれた結果であり、それが放射能の摂取をうながすとノルウェーでは考えている。
消費市場向けのブタとニワトリは、加工済みの餌や輸入された餌を与えられ、屋内で飼育されることが多く、その結果、被曝から、より保護される傾向にある。屋内で飼われて、蓄えてある餌を与えられている乳牛は、放牧されている乳牛よりも汚染される可能性が低い。
チェルノブイリ事故後、ヒツジとヤギの乳は牛乳よりも汚染濃度が高かったが、こうした小型反芻動物の乳は、通常の規制を受けないルートで流通する傾向にあるため、規制に関して特別な問題が生じる。
乳が分離する時、放射性核種はカード(凝乳:固形成分)よりホエー(乳漿、乳清:水溶液成分)の中に集まる。チーズでは、ヨウ素131は3ヵ月間でなくなるが、セシウム137は(存在する場合はストロンチウム90も)集まる傾向にある。
これは主として、これらの放射性核種の物理的半減期が異なることと、時間の経過による液体重量の減少に応じて起こることである。
魚類への取り込み傾向最後に、放射性核種による魚の汚染であるが、これは水の種類と質、および魚の食性と生育速度によって変わってくる。スウェーデンでは、淡水魚のほうが海水魚より汚染レベルが高かった。
その原因のひとつは海水に汚染物質の濃度を薄める効果があるからだが、海水のカリウム濃度が淡水の約100倍と高いことも原因である。北部の栄養分が乏しい湖で育った生育速度の遅い魚が、もっとも影響を受けた。
魚の場合、季節によるばらつきと長期的な生物蓄積の両方が起こる可能性がある。セシウム137の環境濃度は、軟体動物が5倍、魚が20倍、甲殻類が25倍になると推定されている。
食物連鎖における放射性核種の動き<3つの基本的特徴>全体的に、食物連鎖における放射性核種の動きを検討すると、食物の安全管理に関わる3つの基本的特徴がはっきりと分かる。
第一の特徴は一定のパターンがないということである。放射性核種によるいかなる汚染においても、汚染の程度と種類は地理上の場所が異なれば変わるし、生物種によっても異なる。同じ生物種の中でも個体によって違う。
そしてもちろん時間の経過とともに変化する。このようなばらつき具合の一部、特に、生物種や地理的地域の間でばらつき具合がどう異なるかは予測可能である。少なくとも、汚染された雲が通過する時点の降水量や、土壌の種類、植物の種類、汚染された牧草や餌に対する動物の暴露程度などに基づいて、大体のところは予測することができる。
スウェーデンでは、ヒツジの放射能は検出可能な下限量(2ベクレル/kg)未満から3.9キロベクレル/kg超まで、トナカイでは12ベクレル/kgから16キロベクレル/kg超まで、魚類の一部では検出可能な下限量未満から48キロベクレル/kgまでとさまざまであった。
セシウム137の濃度測定について、スウェーデンのデータに基づいてサンプリングを実施し、サンプリング回数の95%で真の平均値から10%の範囲内に収まって欲しいと願うなら、ミルクは200個、牛肉は1000個、トナカイなら40万個程度のサンプルが必要となるだろう。
カナダの放射能に関してカナダ政府が出した1986年の報告書は、カリブー1頭を検査したことに触れている。
魚や野生生物のように個体の放射性物質の蓄積レベルが大きく異なる動物の場合、特定精度の範囲内に合わせた単純無作為抽出によるサンプリングは現実的ではないであろう。
高い汚染レベルが予測される地域で、より対象を絞ったサンプリングを行えば、より少ないサンプル数でさらに精度の高い推定値を算出できると考えられる。
第二に、放射性核種はあちこち移動することが多い。一つの場所にたどりついて、そこでじっと動かないわけではない。環境の中をあちこち移動し、無数の生物物理パラメータに影響を与えたり、また逆にそうしたパラメータから影響を受けたりしている。
影響を及ぼす重要な環境因子の一部は確認されている。競合する安定元素(カリウム、ヨウ素、カルシウムなど)の量、土壌の種類(粘土か砂か)、植物の取水(地表に根を張るか、深く根を張るか)、動物の食性(若葉を食べるか、草を食べるか;地面に近い草木を食べるか、高いところの草木を食べるか;肉食か草食か)などがそうである。これらの環境因子は災害発生時に初期決定を行うのに活用できる。
第三に、放射性核種のいくつかは食物連鎖の階層が上がるにつれて濃縮される可能性がある。特に水界生態系においてこの可能性が高い。他の生物では、放射性核種は体内に取り込まないように排除される場合がある。例えば、牛乳中のヨウ素131の濃度は、通常、乳牛が消費する植物中に含まれるヨウ素131の濃度の10分の1である。
汚染への対策チェルノブイリのような核の危機に対応する際には、まずまず安全な食料供給を確保するために、農家、獣医師、食品加工業者、公衆衛生当局が大いに協力する必要がある。
農家では、予防措置と治療行為の両方が可能である。汚染地域の動物は屋内に入れ、保管してある汚染されていない餌を与えなければならない。これができない場合、例えば、北部地方の一部では動物を放牧したり狩猟したりしているが、こうした場合、汚染されていない地域から指定の給餌場所へと干し草を輸送してもらうべきである。
チェルノブイリ事故の後、一部の農家は犠牲にするヒツジを送り込んで汚染された牧草を食べつくさせ、牧草地の汚染除去を試みた。これらの動物は汚染された植物を食べつくし、その後は殺されることになっていた。
こうしたやり方は放射能が葉と茎にとどまっている場合にしか有効でない。多くの場合、放射能はすぐに根に移動してしまう。そうなると、牧草をいくら食べさせても放射能を除去することはできない。
トナカイと地衣類の生態系においては、放射性元素の長い実効半減期と、地衣類が根から放射性物質を吸収しないという事実の両方を勘案する必要がある。
牧草を食べさせて除染するというやり方は効果があるかもしれないが、私が生きている間には実現しないだろう。これは、中東に平和が戻る可能性について神が仰せられたとされるとおりである。
スウェーデンの牧羊業者のなかには、森林地域に放牧している業者もある。しかし、森林の「アンブレラ効果」が役に立つことはたまにしかない。
栄養分の乏しい針葉樹林の土壌で育つ多くの植物は、人間が生態系にばらまく汚染物質を含めて、手に入るものを生体内に非常に効率よく蓄積する。このことは、例えば2006年のノルウェーのヒツジについても同じことが言えるようである。
長期的には、石灰とカルシウムを豊富に含む肥料を土壌に交ぜて、放射性核種に競合する安定的元素として作用させること、および牧草を150ミリメートルの株に刈り込むこと、この二つの方法はどちらも、汚染地域で刈り取った飼い葉中の放射性核種の濃度を低減させると言われている。
汚染された後、種をまく前に耕作することで、地表よりも吸収量が低い根のレベルにまでセシウム137の濃度を低減することができる。
動物の個体は、腸内でセシウムと結合して体内に吸収されるのを防ぐ働きをするプルシアン・ブルーやベントナイトなどのキレート化剤を与えたり、セシウムと競合して吸収を防ぐ、カリウム含有量が高い餌を与えたりすることで除染できる。ストロンチウム90が存在する場合は、マメ科植物など、カルシウムの含有量が高い餌を与えるのが適切だと考えられる。
セシウム137の物理的半減期は長いかもしれないが、汚染されていない環境の中で汚染されていない餌を与えられている動物は、セシウム137の生物学的半減期が比較的短いことを利用することで安全を確保できると考えられる。
こうした方法が成功するかどうか、そのひとつは、汚染された動物を汚染環境の外へ移して素早く治療するということにかかっている。
砂地に育つ植物や、キノコのように根を地中浅くに張り地表の水分に依存して生息している植物、それに、汚染時に葉が生い茂っている青い葉物植物は、動物や人間が消費しないようにする必要がある。
皮をむける果物と野菜はおそらく廃棄せずに済むだろう。熟した根菜作物、特に粘土質の土壌で育つ作物も汚染される可能性が低いと考えられる。
人間がヨウ素131とストロンチウム90に曝露する主要経路はミルクと乳製品である。セシウム137には主に食肉を介して曝露する。汚染対策に資源を割り当て、優先順位を付ける場合、動物由来の食物を疑惑の大きい順にランク付けすると、小型反芻動物>肉牛>乳牛>ブタとニワトリ、という順になる。
これらの動物のそれぞれでは、外部と完全に遮断した環境で育てた動物は対象外とし、牧草地へ放牧されている動物を特別な配慮の対象にすべきである。汚染直後の期間は、主としてヨウ素131に注意を払う必要がある。
その後は、ミルクと食肉中のセシウム(およびストロンチウム)が第一に注目すべき元素となる。先に述べたように、汚染されたチーズを保管すれば放射性ヨウ素は消失するが、放射性セシウムについては、保管あるいは廃棄する前にチーズを検査することが重要である。
食物の廃棄最後に、汚染された食物を廃棄すると言うのは結構だが、どうやって廃棄するのだろうか。チェルノブイリ事故の後、放射能で汚染されたヨーロッパのチョコレートが例えばマレーシアへ輸出されたという記事が、新聞でたびたび報道された。
先進国は戦争もゴミも汚染物質も非常に長期間にわたり途上国へ輸出してきた。そしてその罪を免れていることに、私は驚かない。
私はソ連の科学者の講演に出席したことがある(ソ連にまだ科学者がいた時代のことだ)。チェルノブイリ後の食品安全に関する講演だった。その科学者は放射能に汚染された牛乳の「処理」を繰り返し訴えていた。
処理とはどういう意味だと尋ねると、彼は口ごもった。なかなか口を開かなかったので、彼の同僚の一人が
――恐らくその同僚はKGBのスパイを題材にしたアメリカ映画をたくさん見過ぎており、聴衆を失望させたくなかったのだろうが――
果敢にも彼の代わりに、要するに適切に対処するということだ、と答えたほどだった。誠意ある回答を得ることはできなかった。ヨーロッパ人の同僚は、食糧不足が起こったために汚染された食物の一部は「再利用」されたのだと私に教えてくれた。
監視プログラムは、汚染される可能性が最も高い動物だけでなく、人間の具体的な消費パターンにも合わせる必要がある。
牛乳の扱い牛乳は子供にとって最も重要な食料源であるため、慎重に監視する必要がある。同じ社会の中では、子供は体重単位当たりの牛乳の消費量が大人に比べてはるかに多いからである。
母乳は安全だが、それも母親が被曝していない場合に限る。母親が摂取したヨウ素131の約20%が母乳に出てくるからである。ヨウ素が母乳に出てくるとすれば、大半は被曝後の最初の12時間に出てくる。
食糧の準備や蓄えが不足した状態で汚染が起こってしまった場合や、汚染が疑われる食物が供給されてしまった場合、子供と妊婦は安全な食品を優先的に受け取るべきである。多くの細胞が活発に成長している段階では、放射性核種の影響を非常に強く受けるためである。
食肉の扱いカリブーやトナカイにおける放射性セシウム汚染は、一部の人びとにとっては、ホッキョクグマやウシで同じレベルの汚染が起こるよりも、公衆衛生上、深刻な危険になる可能性がある。
牛肉を食べる人びとは、豊富にある食料のほんの一部として牛肉を消費しているに過ぎず、牛肉に代わる食料が他にも手に入る。
しかし、カリブーを食べる人びとは選択肢が限られており、カリブーの肉が食事の中心になっている可能性がある。したがって厳密に健康を考えると、食事の中心となっている食物については許容レベルを低めに設定し、一つの食物源に対する依存度の大きい人びとに対して、それに代わる食物を補完として提供するのは当然だといえる。
水産物の扱い海洋動物は、汚染された北方地域の人びとにとって比較的安全な代替食料源となる可能性がある。原子力災害が起こった直後に、放射性核種が食物連鎖の上の階層まで上がっていかないうちは、食物連鎖の最上部に近い階層にいる魚を使うのは、一般的に言って理にかなっているだろう。
汚染が一度限りだとすれば、食物連鎖の下層部近くにいる小型魚類は時間がたってからのほうが安全だと考えられる。
食物の汚染許容レベルの議論食物の許容レベルを設定することは、危機的状況の中では常に賛否両論が付きまとうし、人間の健康は、はっきり計測される放射性核種という単純な枠組みの中だけで定義しなければならないものでもない。
一連の行為がもたらす社会的な影響のほうが健康に壊滅的な影響をもたらす場合もある。生物学的には、どんな微量の放射性元素も許容しないゼロ・トレランス(≒ゼロリスク)の考え方は、国産食物でも輸入食物でも成立しない。
バックグラウンド放射能がいたるところに存在しているうえに、さまざまな食物やさまざまな人間集団にとって多様なリスクが存在するからである。ゼロ・トレランスの規制は、何の危険もなく食べることができるという、ありがちな誤解に基づいている。
スウェーデンでは、食物汚染の限界水準が全体では300ベクレル/kgに、野生動植物については1500ベクレル/kgに設定された。野生の動植物は、スウェーデン南部の都市部の住民にとっては食卓にのぼる食物のごく一部でしかなく、こうした都市部の住民にとって、この数値は適切かもしれない。しかし、北部の住民や先住民族にとっては不適切きわまりないものである場合がある。
国際機関の勧告のとらえ方世界保健機構(WHO)と国際放射線防護委員会(ICRP)による勧告はすぐれた出発点となり得るが、平均を基準とすべきという誤った考え方は避ける必要がある。こうした考え方では、常識の及ばない範囲にいる人びとを深刻な被曝から保護できる場合もあれば、保護できない場合もあるからだ。
深刻な被曝を受ける危険がある人びとの多くは、文化的マイノリティや、国民の中でも特に弱い立場にあるサブグループである。高リスクの食物であるとか、被害を受けやすい消費者であることが確認されているグループをモニタリングし、予防的措置をとる。この両方に焦点を合わせた、合理的で妥当な方法が必要である。
危機的状況では、状況に応じた「最良の判断」に基づいて決定を下さなければならない場合が多い。リスクから損害を受ける者と恩恵を被る者が同じ者である場合、そのリスクを取る必要があるかどうかは、結局のところ自分自身に問う必要がある。
実感をこめてもう一度言うが、チェルノブイリの教訓は「自分の行いは自分に返ってくる」ということである。
私たちにできることは…あるのだろうか。
昨日どちらかの記事で、「トヨタ自動車は全社通達で『台風の場合、月曜日は自宅待機を命ずる』と出しました。全社通達で『原発ヤバいからとりあえず月曜様子見てね』なんてのは打てないので、おそらくトヨタが独自ルートで情報を入手し、上記の待機通達になったものと思われます」とあります。
私たちは危機に鈍感になってしまってます。なによりもまず情報を集め、それらを賢明に理解し、自分の直感とつなげていくことが一番の身を守る方法ということだと思います。
ソースは
食物連鎖における放射性物質汚染:デイビッド・ウォルトナ=テーブス教授より
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食卓にあがった放射能