2020年03月01日

世見2020年3月1日 まさかの双子説







★世見★
松原照子氏のスピリチュアル情報

<照の日記>


弥生月がスタートしました。
弥生と耳にするだけで、「春が来た」こんな思いになります。


今日から一週間、春の全国火災防止運動ですが、火災にはお互い充分に気を付けましょうね。


暦をめくると3月20日は春分の日
春という字を見付けるだけで、私の心は春になりました。



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<世見>
世見2020年3月1日 まさかの双子説


今日は朝からご機嫌さんで、美空ひばりさんの「お祭りマンボ」を歌い、お花への水やりの時には「かわいいね、かわいいね」を連発して、一人で盛り上がっています。


春が来るのですよ、春が!
さくら さくら 弥生の空に‥‥
誰もが知っているこの歌に出て来る弥生は3月のことなのですよ。


今月、いえ今日から弥生月がスタートします。


春分の日は3月20日の金曜日。
今月もどうか楽しくお過ごしくださいね。


今日始めに書きたいことは何だと自分に問い掛けると、「明智光秀」とごく自然に口から出てしまいました。


明智光秀ほど謎に満ちた前半生を持った武将はいないと言われています。


私ね。今とても書きたくなったのは、光秀は「双子だったのでは‥‥」なのです。


あの当時、双子が生まれるとどのような扱い方をしていたのでしょう。


ドラマなどで見る限り、ひとりの子が誕生したかのように装い、もうひとりの子を里子に出すなどという場面が見られました。


まさかの双子説と驚かれるかもしれませんが、双子なら光秀の前半生の謎に満ちた部分が埋まりそうに思ったりするのです。


双子ですから容姿は似ていますし、感性も知性も似ていておかしくはありません。


この二人がどのような状況化で出会えたのかはわかりませんが、その後も何らかの縁を持ち、記録があるとしたら双方の記録が出て来るために、私達はわからなくなっているのかもしれません。


もしかすると、丹波亀山城から出陣し、織田信長と信忠を討った後、京都で残党狩りをした時に再会をしていたのではないのだろうか。


その後、光秀軍は崩れ、勝龍寺城が秀吉軍に包囲された時に、光秀の身代わりになったのが双子の相手だったとしたら、伏見小栗栖で百姓に討たれたのはもうひとりの光秀だった気がします。








記事引用元⇒幸福への近道より
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posted by キキ at 00:00 | 世見2020年3月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする