2017年03月03日

「米ドル軍票」という韓国の切り札








原田 武夫氏の2014年の記事です。


●金融マーケットにおける若き「猛者」の言葉


「米国との関係で『もはやこれまで』となった時、韓国には切り札があるのですよ」



今、韓国の外交が、傍から見ていて実に見苦しい。ついには4月に予定されているオバマ米大統領の我が国への国賓訪問についてまで横槍を入れたというのだから開いた口が塞がらない。



我が国当局から米側に対して提示した日程案を指差し、「そのタイミングにしか朴槿惠大統領の日程は空かないので、日本ではなく韓国を訪問して欲しい」というのである。



その余りにも必死な様子を伝える公開報道を読んで、私は冒頭に紹介した言葉をふと思い出していた。世間一般では全く知られていないが、金融マーケットにおいては若き「猛者」として知られる人物が語った言葉だ。「猛者」は言う。



「韓国が持っている切り札---それはヴェトナム戦争に大勢の韓国軍兵士が出征した見返りに米国からもらった大量の『米ドル軍票』です。実は、韓国の名だたる財閥の本家本元の邸宅の応接間の壁にはこの米ドル軍票が壁紙の下にびっしりと貼ってある。



そしてそこを訪れた米国からの賓客が交渉によっても首を縦に振らないと見るや否や、最後にその壁紙をはぎ取って見せるのだそうです。『我々韓国人は一体どれだけの血を米国のために流してきたと思っているのか』と叫ぶ韓国人の主人を前に、米国からの賓客は反論が出来ないと言います」



しばしば北朝鮮と中国の関係について専門家たちは「血の同盟」と呼ぶことがある。朝鮮戦争当時、「義勇軍」という名目で中国が助けてくれたから北朝鮮は勝利出来たというわけなのだ。だが、「血の同盟」は何も共産圏だけではなく、米韓の間にも存在していたというわけなのだ。「猛者」の言葉は続く。




「実は『米ドル軍票』が韓国国内で大量に埋められている場所があります。それは何を隠そう、我が国でもよく知られた遊園地の敷地の下です。そこにドラム缶に詰められた無数の『米ドル軍票』が眠っています。



もちろん、いざという時のためです。韓国のリーダーたちは米国からいよいよ追い詰められた時にこれを掘り出し、全世界に対して示すのでしょう。『我々韓国人こそが米国の盾となってこの東アジアを守ってきた国民なのだ』と」


img_b5f4a35b636ecd66e68f28d9cad515ca105766.jpg




●韓国が生き残る道は「日韓同盟」しかない!?


誤解無きよう書いておきたいのだが、私は個人としての韓国人を云々しているわけでは全く無い。外交官時代以来の親友の中には韓国外交通商部のエリート外交官たちが何人もいる。



しかし、あれだけ聡明で、米国留学経験も長く、英語は日本人外交官とは比べ物にならない位に流暢な韓国エリートたちがいながら、なぜ結果としての「外交政策」となるとあれほどまでの失態を演じてしまうのかが不思議でならないのである。



かつてそんな疑問を漠然と抱きながら、親友である韓国人エリート外交官に尋ねてみたことがある。すると彼は小声でこんな風に応えてくれた。



「原田さん、韓国のリーダーたちは皆知っていますよ、韓国が生き残る道はただ一つ、『日韓同盟』しかないと。でもそれは表立って言ってはいけないルールになっているのです。だからひとたび日韓で喧嘩になると、社会的弱者がはけ口を求めて反日行動を起こし、これがエスカレートして収拾がつかなくなるのです」



ハァと深いため息をついた彼が不憫でならなかった。しかし聡明なエリートたちであればあるほど、韓国国内に歴然と存在する「格差社会」とは距離を置いて生活しており、だからこそ貧困層のはけ口を自分たちではなく、「ニッポン」に向けざるを得ないという国家的な論理が厳然と存在することも、彼の言葉からはっきりと分かったのである。



韓国はなぜここに来て切羽詰まった外交政策を展開しているのか。その理由はグローバル・マクロ(国際的な資金循環)が織りなす世界史を紐解くとよく分かる。私の研究所の公式メールマガジンや公式ブログにおいても詳しく説明して来ているとおり、実は現在の極東情勢は朝鮮戦争が開戦した1950年頃の状況とある意味酷似しているのである。



第二次世界大戦の終戦後、我が国は深刻なデフレに陥った。そのため、政府はインフレ誘導を決断。「そこまでしてしまうと後で大変なことになる」と止めにかかった日銀の制止を振り切った時の政府による政策は、結果として激しいインフレを引き起こしてしまう。いわゆる「復興インフレ」である。



その一方で1948年には米国の支持を受ける形で「大韓民国」が成立。その初代大統領に就任した李承晩は徹底した反日政策を展開した。1949年に我が国の対馬について領有宣言をしたのがその典型である。



だが、海上で高まる緊張にもかかわらず、我が国は1950年に「警察予備隊」を設立したばかりであり、全くの丸腰であった。韓国側はその後、1952年に「李承晩ライン」を一方的に設定するにまで事態をエスカレートさせていく。



だが、そんな危機の最中に北方からいきなり風が吹いてきたのである。1950年6月25日午前4時(韓国時間)、北緯38度線で北朝鮮軍が宣戦布告することなく、砲撃を開始したのだ。「朝鮮戦争」の始まりである。



その後、3年間にわたり続くこの激しい戦いの中で、李承晩政権は首の皮一枚にまで追い詰められ、反日工作どころではなくなってしまう。対する我が国はといえば、「国連軍」の名目で進軍する米軍に対して援助物資を盛んに提供し、ついには1954年から3年間続く「神武景気」を味わうことになったのである。



朝鮮戦争について一般には、半島全体の共産化を画策した北朝鮮側が仕掛けた戦争だと言う風に理解されている。だが、結果から見るとイデオロギー的に見ると「敵」であるはずの北朝鮮に当時の我が国が経済的に助けられたのは事実なのである。



対する韓国はと言えばようやく北緯38度線まで北朝鮮軍を追いやることに成功するものの、その後、軍事独裁政権が続く中、1970年代後半まで北朝鮮よりも経済的には貧しい状況に苦しむことになってしまうのである。




●本当の歴史を紐解くカギは北緯38度線にある!?

表向き語られているそうした「史実」を例のマーケットの猛者に話すと、彼は笑いながらこう切り返してきた。



「原田さん、それはあくまでも表向きの話ですよ。本当の歴史を紐解くカギは北緯38度線にあります。終戦の直前になぜか関東軍が南下し、第十九師団と第二十師団もそれを黙認してこのラインで所轄を分けたところから、全てが始まっているのです。そしてもう一つ。金日成の弟を調べてみて下さい。大きな発見がありますよ」



かつて小著「『日本バブル』の正体 なぜ世界のマネーは日本に向かうのか」で触れたことがあるのだが、ここでいう「弟」とは金英柱を指す。現在でも死亡が確認されていない謎の人物であり、驚くことなかれ、大戦中は「関東軍の通訳」を務めていた。



「本当の朝鮮半島を動かしているのは我が国の旧陸軍士官学校人脈です。韓国側にも大勢います。そしてその人脈を担う者たちがかなりの高齢となり、いよいよ存命者が少なくなってきている。



しかし事柄の性質上、そう簡単に引き継ぐというわけにもいかないのです。そう、これこそが朝鮮半島が揺れ動いている本当の理由なのです」



私はこう語る「猛者」の顔を見ながら、ふと「残地諜報者」という言葉を思い起こしていた。あれほど謀略戦を行ってきた旧日本軍であり、関東軍なのである。終戦後、再び決起するための人脈を残して来ていて当然なのだ。



その一方でこれを封じ込めるため、米国があわてて李承晩を大統領の座に据えたのも納得がいくのである。そして仮に北朝鮮側にもこうした人的ネットワークが連なっており、旧軍のルートで何らかの意思疎通が行われていたとなると「朝鮮戦争」の持つ意味合いはガラリと変わってくるのだ。




●「米国以上に米国的な国」になってしまった韓国の正念場

そして現在。エマージング・マーケットとして1990年代初頭よりバブルとその崩壊を繰り返してきた韓国は表向き「先進国」のステータスを米欧等から与えられてはいる。



だが、1990年代後半の経済危機の結果課されたIMFによる処方箋を完璧に執行した結果、「米国以上に米国的な国」になってしまった韓国は、それまでの繁栄を支えてきた金融資本主義がいよいよ逆回転を始めた今、もはや逃げ場所が無いところにまで追い詰められている。



終戦後、朝鮮半島を陰から支える人脈として構築されてきた向きからすれば、いよいよその姿を現すのには絶好のタイミングであるはずだ。そしてそれと北朝鮮が何らかの関係を持っていたということなのであれば、米国が北朝鮮を蛇蝎の如く嫌う理由もよく分かるのである。



その一方で、これまで米国によって支えられてきた「韓国」人脈はといえば、いよいよ姿を現すこうしたうねりに黙って追随するか、あるいは徹底抗戦するかのどちらかを余儀なくされる。そしてその全てはボスであり、本当の創造主である米国の意向次第なのである。




●「よもやこの場に及んで北朝鮮を選択するはずはないよな」


そうすごむ韓国がオバマに訪日を取りやめさせてでも、とにかく自らへと国賓訪問させたいと考えるのは至極納得が行くことなのだ。



だが、元はといえば量的緩和を縮小し始め、金融資本主義の終わりを告げ、その渦に韓国を巻き込んだのが他ならぬ米国なのである。何らかの理由をつけて、米国勢がある日突然、北朝鮮に接近する可能性は十分すぎるほどあるのである。



他方で現下の展開を見ていて大変気になるのが、北朝鮮が「微笑外交」「和平攻勢」に転じていると言う点だ。いよいよ17日から米韓合同軍事演習が始まるにもかかわらず、軍事的な対決の構えを見せていないところがかえって怪しい。



むしろ「我々はここまで努力したのに、結局、無視したのは韓国だ。やむを得ず攻撃する」と今から61年前と同じように宣戦布告なき開戦へと北朝鮮が突っ込むとするならば、実態は一気に急変する。「動乱」の始まりだ。



無論、ここで米軍が本気で応戦してしまっては第二次朝鮮戦争になってしまう。韓国との同盟関係に基づく義務を形だけは果たしつつ、早期停戦から、仲介者(たとえば北朝鮮でも建国前から存在している朝鮮キリスト教会を経由して、ヴァチカンのローマ法王フランシスコ等)を立てた上での米朝交渉へと一気に走りだす可能性は十分ある。




当然、韓国側はその様子を見て激昂することは必至であり、米大使として韓国側に工作するのにはそれなりの人物である必要がある。そのため、インテリジェンス分野での経験も豊富とされるマーク・リッパート国防長官首席補佐官を次期在韓米大使にオバマ大統領はノミネートする動きがあると言っても過言ではないのだ。



正に激変といった動きであるが、そこで文字どおりの「漁夫の利」を得る国、そしてその政権がある。他ならぬ我が国であり、安倍晋三政権だ。61年前と同じように極端な金融緩和に走る中、巨大な「軍需」が出現すれば第二の神武景気が訪れることになる。同時に「国防意識」が我が国で高まり、保守的な安倍晋三首相への支持はウナギ登りになるはずだ。そう、実に出来過ぎたゲームである。



このまま行くと「泣き」を見るのは韓国だけである。国内の経済状況に鑑みて介入どころではない中国が事態の静観を決め込めば、もはや救われなくなる。出発点において「恨み」を抱く国家が、果たしてそれを捨て、真の「共生」と「過去の克服」へと乗り出すことが出来るか。−−−正に正念場が訪れている。




原田武夫
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)代表取締役(CEO)
東京大学法学部在学中に外交官試験に合格、外務省に外務公務員T種職員として入省。12年間奉職し、アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を 最後に自主退職。在任中は、六ヶ国協議や日朝協議等に多数出席した。「すべての日本人に“情報リテラシー”を!」という想いの下、情報リテラシー教育を多 方面に展開。自ら調査・分析レポートを執筆すると共に、国内大手企業等に対するグローバル人財研修事業を全国で展開する。

記事引用は⇒現代ビジネスより









posted by キキ at 14:41 | 歴史の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする