2016年09月30日

世見2016年09月30日江戸時代の就活と大奥







松原照子氏のスピリチュアル情報

<照の日記>
明日は


明日からは十月です。
来月はどんな人になりたいですか。
今月はご自分の生き方に何点つけられますか。


今月までは今月まで。
明日からのご自分に「大好きです」と言って見てください。
きっと、気運が高まります。
ではまた明日お会いしましょう。


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<世見>
2016/9/30


太平の世になった江戸時代。
職を失った浪人が40万人近くいたようです。
確かに戦国時代にも浪人はいましたが、戦が始まるとお気に入りの主君を選び
仕えればよかったのです。



江戸時代になると大名の廃絶もあり、縁を無くした武士は路頭に迷いました。
武功もなく、特別これといった能力のない武士達は江戸へと向かったのです。



今もどこかわからぬ人々の想い。江戸=東京には“行けば何とかなる”と思わせる魅力があったのでしょう。



この時代に就職できるかどうかは、「高名覚」と云う履歴書を再就職先に出すことから始まります。この高名覚には戦功の証人が必要でしたから、再仕官の道は険しいものでした。



江戸城内と申しますと、世間から隔離された「大奥」に千人の奥女中が住んでいました。


大奥の広さは6,318坪。
千人もの女性は身分に関係なく大奥に入ると表の世界を見ることが許されなかったのですから、まるで異国のように思ってしまいます。



大奥の出入り口には広敷番・伊賀者がいて奥女中に目を光らせていました。
御手付御中揩ノでもなったら親の死に目には逢えず、身分低き者も3年に少しの日にしか外に出られませんでした。



千人の女性が暮らす大奥。
11代将軍家斉は愛妻・側室が50人もいたと云うのですから驚きです。



53人もの子を持った家斉。
大奥はけっして華やかな世界ではなかったことでしょう。



江戸の世も今の世も空は青く、流れ行く雲は白く、天空だけが人の世に優しい眼差しを注いでいます。








記事引用元はこちら⇒幸福への近道より
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posted by キキ at 00:00 | 世見2016年9月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする