2015年12月30日

バカをつくる学校「読み・書き・計算」は百時間で学べる







どんなに優秀であれ、どんなに立派な親であれ、彼らのほとんどは物事を決まった方向からしか見られない…。


「読み・書き〜〜〜」についての章はこう始まるのですが、日本の昔の教育方法は江戸時代、「寺子屋」という町人の子どもに「読み・書き・計算」などを民間で行っていた教育機関でしたが、1872年までこの制度があり、実生活に必要な知識がきちんと習得できるようになっていたようですね。


さて抜粋してみます。


【「読み・書き・計算」は百時間で学べる】


どんなに優秀であれ、どんなに立派な親であれ、彼らのほとんどは物事を決まった方向からしか見られない。これは政府による集団義務教育の偉大な勝利である。


子どもには読み・書き・計算を教えるべきだ」とか、「命令に従うことは社会人の務めだ」とか、人びとはそう思い込んでいる。


ほんの2.3百年前まで、事情はまるで違っていた。社会は独創性や多様性にあふれ、アメリカは世界に類のない自由の国だった。階級の垣根も低く、人びとは地震と創造力をもってたいていのことは自分で考え、自分ですることができた。1人ひとりが尊重され、政府が市民の生活に首を突っ込んだり、思想を押しつけたりすることはなかった。私たちは個人として、誰もが自立していた。


独立戦争当時(1775-1783年)の識字率を示す研究によれば、少なくとも奴隷以外の東部の人びとについては、ほぼ100パーセントに近かった。トマス・ペインの『コモンセンス』は60万部を売り上げたが、


当時の人口は約300万人で、
その20パーセントは奴隷、55パーセントは年期奉公人だった。


識字率が高いことを示していますが、植民地時代の人びとは天才だった?そうではなく、本人に学ぶ気があれば実は、読み書き・計算は100時間もあれば教えられる。その秘訣は、誰かから質問が出るまで待つこと。



生徒の気分が乗っているうちにどんどん進めることだ。読み書き・計算の能力を独学で身につけた人も、本当はそれほどむずかしいことではない。



1850年に使われていた5年生の算数や作文の教科書を見てみると、その内容が現在の大学レベルに相当することがわかる。学校はしきりに「基礎学力」の養成と叫んでいるが、彼らはそのために子どもを12年間も拘束し、「7つの教育方針」を叩きこんでいるのである。



南北戦争を境に中央統制が強まったアメリカでは、人びとの生活、服装、食べ物、あるいは東西に走る幹線道路など、あらゆる面に支配の影響が表れた。おそらく、麻薬や自殺、離婚、暴力、虐待といった問題が蔓延しているのも、社会の閉鎖的な階級意識とともに、私たちの生活が非人間的になり、個人や家族、地域社会の重要性が顧みられなくなったからではないだろうか。


つまり、これは中央統制がもたらした衰退である。当然、義務教育はますますエスカレートし、子どもたちを地域社会から遠ざける。彼らは子どもの教育を専門家の手に委ねることで、地域社会を崩壊させ、子どもを成熟した人間にさせないようにしているのだ。



アリストテレスによれば、人は地域社会で積極的な役割を果たさないかぎり、健全な人間にはなれない。彼の教えが正しかったことは、学校や老人ホームを見れば明らかである。



学校は、モデルとなる社会を支えるための体制としてつくられた。それは、支配階級を頂点とするピラミッドにおいて、大多数の人びとをその従順な土台にしようとする制度である。彼らはそうしたピラミッド社会の秩序を絶対的なものに見せているが、それは独立戦争の理念に反するものだ。


植民地時代、共和国時代をとおして、アメリカにはこれといった学校はなかった……ベンジャミン・フランクリンの自叙伝によれば、彼は学校へ通う余裕もなかった……が、民主主義の理念はみごとに実現されようとしていた。



ところが、私たちは古代エジプトのような圧政を目指すことで、この地界に背いたのである。現在、アメリカでは国の教育課程をめぐって、激しい議論が行われている。しかし、それは的外れな議論だ。国家の目的は、私が説明した7つの教育方針によって、すでに実行されている。それは子どもたちの肉体や道徳、知性を麻痺させ、取り返しのつかない、恐ろしい影響をもたらしている。



学校は子どもたちの学力低下を叫ぶ一方で、じつは計画通りに『教育』を進め、大きな成果をあげている。その『教育』とは、子どもに従順な態度を叩き込み、ピラミッド社会での地位に満足させることである。
続く


家畜増進システムとでもいうべき、教育方針が着々と進み、たしかにアメリカより、むしろ日本の方がこの様相が大きく出ているのではないかと友人と話し合ったりしていますが、従順でない子、変わった子などを排除することが結果的に起こっているのではないかと思います。個のことより集団を重んじ、群れから外れるとつまはじきにする考えの人も多いのは、こういう教育方針がうまくいったことによるのではないかと思います。
バカをつくる学校「隠れたカリキュラム」へ続く







バカをつくる学校
ジョン・テイラー・ガット著より
posted by キキ at 23:17 | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする