2015年08月23日

世見2015年08月23日お城を訪れてみませんか







松原照子氏のスピリチュアル情報

<世見>
2015/08/23


服部半蔵は16才にして初陣。
家康が関東入りした後に200人もの伊賀同心を部下に持ち、今の最高裁判所の辺りから北に行ったところに半蔵の屋敷があり、「半蔵門」という名が残っています。


服部半蔵は、江戸城を守る忍者。
忍者といえばかっこいいが、スパイが主な仕事だったようです。日常といったら江戸城内の庭園の掃除などが中心で、御庭番という役どころだった。


あの時代の人は、どのような仕事でも一生懸命だったと思われます。
スパイ活動を命じられると箒を持って庭先に出頭させられるも、それが作法と受け止めていました。


天下人になる人も、御庭番になる人も、人に変わりはありません。
戦国の世には、鎧師の長は烏帽子を被り直垂袴を着て刀まで差していましたから、地位が高かったのがわかります。


世界遺産に登録される城は武将達の住処でした。
一国一城のトップの座は、命を懸けて戦った恩賞であり、男のロマンだったことでしょう。


夏も終わりが近付く今日この頃、時を忘れに城を訪れてみませんか。
耳を澄ますと、遠い昔の息づかいが聞こえて来ることでしょう。


そうそう、大阪城ってエジプトのピラミッド作りと同じだったのですってネ。
修羅がどのような物かわからないが、人々の知恵がクフ王の思いを日本にまで伝えたとしたら凄いことです。


エジプトのピラミッド作りの手法を何故知り得たのか、それとも我々は事を起こす時、同じ閃きを持てるのか?どちらにしても、大阪城を築く時に50トンもの石を運んだ人達がいたことだけは事実です。

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<照の日記>

無理が

何事も自分の思い通りに行かないのが世の常です。
大体が人を思い通りに動かそうとするのに無理があります。
先ずは自分なら人からどのようにされると動くのかを考えてみてください。







記事引用元はこちら⇒幸福への近道より
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posted by キキ at 22:00 | 世見2015年8月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする