
活き活きとして語り続けるワイツゼッカー氏は、ここで話題を転じた。
「原子力をやめていこうとする場合には、原発先進国のアメリカの政策にふたつの学ぶべき重量な原則があり、これを日本でも適用するべきです。
第一は、すべての原子力プラントに課せられている保険制度です。この保険コストがあるために、アメリカでは原発が高くつき、そのためアメリカでは、経済的な理由から、もはや電力会社が新規の原発を建設しなくなっている。ペイしないのです。
第二は、いわゆる“最小コスト計画(Ieast cost plannig)”と呼ばれるものです。これは、新しく発電所を建設しようとする時、今までの発電所よりエネルギー発生のコストが安くなければ、建設許可が下りないという制度です。
たとえばカリフォルニア州のパシフィック・ガス電力は、全米で最大級の電力会社だが、すでにその建設部門を廃止してしまった。彼らは、新しく発電所を建設するより、エネルギー効率を高めることに投資したほうが、ずっと大きな利益があがることに気がついたからだ。
しかも州当局から電気料金の値上げを許可してもらうことによって、実際の生活にかかるエネルギー・コストが、今までより安くなった。つまり経済全体にとって、強力な改革です。
この“保険”と“最小コスト計画”は、原発をなくしていく最良の制度だ。日本人は経済感覚が優れているから、割に合わないものはすぐにやめてしまう。原子力がどれほど経済的にマイナスかを知れば、誰にもわかるはずだ。
広島と長崎で悲惨な目にあった日本人です。この時代にフランスからプルトニウムを運んでくるなんて、危険極まりないことだというのはいうまでもないでしょう。」
―――危険なのは、日本にとってだけではありません。
「その通り。ほかの国の人間にとっても危険だ。しかし日本が自分の国にプルトニウムを運んだのだから、困るのは日本人だ。世界中の誰もがプルトニウムから逃げ出そうとしているこの時にですよ。日本人が運び始めたので、フランス人はハッピーだね」
―――広島と長崎を体験した日本人が、なぜ現在のようなプルトニウム利用の政策をとるのか、という疑問の声がよく聞かれます。ワイツゼッカーさんは、ドイツからそれをどのように見ていますか。
「その理由は極めてはっきりしている。日本は、原料やエネルギーを外国からの輸入に頼っているので、エネルギーを自給したい。インドネシアやブルネイ、サウジアラビアに頼りたくないし、ブラジルやペルーからも原料を輸入している。
自給率を高めたい日本人が、地球上に過剰なウランに魅力を感じる。プルトニウムは、人類が使いきれないほどある。したがって原子力産業は、“自立するのにきわめて確実な方法だ”というわけだ。しかし私が言いたいのは、自立するのにさらにいい方法は、さきほどの『効率革命』だということです。
あなたたちが、自らプルトニウムやウランの奴隷になる必要はないじゃないですか。風力、波力、水力、太陽、バイオマス、バイオガスなどを利用して、ほんのわずかのエネルギーで真の自立を達成できるのです。
(中略)
ボンから西へわずか100キロの距離にあるのが、ヨーロッパ統合のシンボル、オランダのマーストリヒトである。しかも現代では、その工業地帯のためにプルトニウムを利用するカルカ―高速増殖炉が建設されたばかりでなく、この州に隣接するラインラント・ファルツ州に建設された、出力130万キロワットの巨大原発ミュールハイム・ケルリッヒであった。
(現在のカルカ―原子力発電所の姿カルカープレイランド)
チェルノブイリ原発事故の直前に臨界に達し、翌年87年に運転を開始したこの原発は、ドイツの通常の原子炉のなかでは史上最高の大金をかけて建設したにもかかわらず、近隣の住民が実に6万6,000人も運転の危険性に異議を申し立てて裁判に持ち込まれ、最終的には91年、コブレンツ高裁で「稼働停止命令」が確定して事実上の廃業に追い込まれた。(ここは潜在的に地震が発生するということが判明して近くの流域にも及ぶと危険性が一層増すと言われていた)

(マーストリヒト)
これには、理由があった。巨大原発ミュールハイム・ケルリッヒは、世界で一番人口密度の高い居住地域に建てられた原子力発電所だったからである。
ドイツには海岸線がほとんどない。これが、原子力発電所にとっては、日本と大きな違いを生みだしてきた。原子炉のウラン燃料を冷やし、熱を奪って発電に利用するためには、大量の水が必要である。
日本では、海岸線に原子力発電所を建設して、海水を使うが、ドイツのように内陸型の国では、ライン河のような河川から水を引き込んで、冷却塔を使って原子炉を冷やすことになる。
こうすると、ドイツ国内に原発を建設するには、かなり人口が多い、都市にも比較的近い居住地域が選ばれてしまうのである。したがって、日本のように、“危険性を感じさせないよう、できるだけ大都会から見えない場所”に建設しようとしても、ドイツでは人口の少ない町や村を選ぶことが難しくなる。
逆に言えば、大部分の日本人は、目の前に見えないものだけを見るだけの想像力が必要とされるのである。
(ミュールハイム・ケルリッヒ)
巨大原発ミュールハイム・ケルリッヒが送電したのは、わずか13カ月だった。建設費と維持費で総計70億マルク(ほぼ5,000億円)以上を投入しながら、しかも稼働中でありながら住民の裁判闘争で停止されたドイツ初の原子炉であり、この判決が出されてから、この国では原発の新規建設はほぼ不可能となって今日に至っている。

(マーストリヒト)
ワイツゼッカー氏が所長をつとめる環境研究所はデュッセルドルフから車で1時間ほどの町、ヴッパータールにある。
氏が日本で環境問題に取り組んでいる人に対して、国内で孤立せずに国際的に交流することの大切さを訴えていた。
「日本で同じように考える研究所やグループがあれば、私たちと手を組めばいいのです」
強い信頼関係で築かれているこの研究所は、日本の官僚制度に敷き詰められた人々には信じられないようなグループであろうと思われます、なんともうらやましい。
20世紀最大の遺産へ続く
「ドイツの森番たち」広瀬隆著より