2017年07月07日

「韓国が北朝鮮に対して南北会談の実施を呼びかけ」今日の焦点原田武夫氏2017年7月7日号








⇒“今日の焦点”はズバリ:

 「韓国が北朝鮮に対して南北会談の実施を呼びかけ」です。


⇒その理由は……:

 ─それぞれの民族には役割があります。
  優劣の以前に「役割」なのです。

 ─そしてそれは変えられることがありません。
  変るように見えて、実は変わってはいないのです

 ─ここがポイントです。
  業の様に担い続ける役割が各民族にはあるのです。

 ─それを担い続けて勃興し、そして消失して行きます。
  歴史とはその繰り返しなのです。


韓国の文政権が北朝鮮に対するアピールをしたと報じられています。
「南北首脳会談の実施」を呼びかけたのです。


北朝鮮側は全く答えていません。
真面目にとりあっていないようにも見えます。


なぜでしょうか。
「同胞国家」であるはずなのに、どうしてなのでしょうか。


知るべきことはただ一つなのです。
グローバル・アジェンダを知っているのはどちらなのか。


そして両者は共に一つの運命に包まれているということ。
朝鮮民族が担う役割を業として担わされているということ。


その結果、何が起きるのか。
・・・程なくして、分かります。


“その時”はもう間もなくなのです。

   IISIA公式メールマガジン 2017年7月7日号
   発行:  http://www.haradatakeo.com/

始まったのかも。
"They're Selling Everything" - Bonds, Stocks, Oil, Gold & Dollar All Tumble



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posted by キキ at 11:00 | 原田武夫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蝉の鳴かない夏に要注意(梅雨明け猛暑でも蝉が鳴かない?・・怪)







7月に入りましたけど、すごく気になっていることがあります。
蝉が鳴いてない、蝉の声が聞こえない…。気がするんです。


皆さまの地域はいかがでしょうか。
土曜日から二泊三日で八ヶ岳に行って参りましたが、蝉の作った穴らしきものはたくさんありましたが、鳴き声は聞こえませんでした。


こちらは、西宮市北部ですが、まったく蝉の声を聞きません。
といっても、大阪府池田市石橋駅周辺や学校など、吹田市などでは、聞くとか。しかし確かに例年より少なく感じるとのことです。



以下の記事は、2011年6月のものです。

蝉(セミ)と地震の関係については、古来から様々な関連性が指摘されている。
即ち、地震の前兆現象を蝉が感じ取り、七年に一度の”開花”の時期をずらすと言う訳である。



1923年(大正12)9月に起こった関東大震災では、同年の7月から8月にかけて、神奈川県橘樹郡登戸村(現川崎市多摩区)の一帯で蝉が全く鳴かない夏であったと記録されている。



同様の現象は、埼玉や伊豆半島でも見られたという。
また、1707年(宝永4)夏には伊勢国萩原(現在の三重県亀山市の一部)で「蝉の声悉く打ち止まん…一帯真夜中の様に静寂也」と記し、天変地異の前触れではないかと心配した村民の不安を庄屋が地元の郡代に申し出るという記録が残されている。



死者2万人とも言われる宝永地震はその年の10月に起こった。
更に11月には世に言う宝永大噴火と呼ばれる富士山の噴火が起こり、農作物に大被害を与えた。


http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/468.html


蝉の声とは関係ないですが、三重県熊野市などでは魚がまったく獲れない、そして海開きも延期になっています。熊野市遊木町や二木島など、魚がぜんぜん獲れないとしきりに言っているようです。






posted by キキ at 00:00 | 空耳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バカをつくる学校「学校教育の第4の目的」







Dumbing Us Down: the Hidden Curriculum of Compulsory Schooling

バカをつくる学校「読み・書き・計算」は百時間で学べる
バカをつくる学校「7つの教育方針」
バカをつくる学校「隠れたカリキュラム」
バカをつくる学校「義務教育はこうして生まれた」
バカをつくる学校「そして子どもはこうなった」



つくり変えられた学校


現代の学校教育に「第4の目的」があるとするなら、その前の3つは何だろうか‥‥。
アメリカの伝統的な教育制度には、建国当初から次のような明確な目的があった。


@ 善良な人間を育てること
A 善良な市民を育てること
B 生徒1人ひとりの能力を最大限に伸ばすこと



ところが、1890年以降に導入された新しい集団教育には、さらに第4の目的が加わり、これら3つの目的をわきへ追いやった。この第4の目的とは、ドイツの学校のように、子どもたちを企業や政府のために奉仕させるというものだった。


つまり、マインドコントロールによって、子どもたちの購買意欲を刺激し、学校を消費拡大のための精神的訓練の場にするというわけだ。


そのためには、学校はまず退屈な場所でなければならなかった。なぜなら、退屈こそ消費の原動力となるからだ。また、幼稚な人間は簡単に納得させられるため、大人になっても幼稚なままの人間を生み出すことは、学校という“工場”の最優先事項だった。当然、教師や管理者はこの計画の対象外だったが、中央当局からの指示に従わない場合、彼らはすぐにクビにされた。


この新しい義務教育制度によって、学校は大企業の要望に合わせてつくり変えられていった。企業が求めるのは、規格化された消費者や従業員だった。


なぜなら、規格化された人びとは数学的な公式によって厳密な予測が可能だからだ。つまり、企業(政府)が効率性を実現するためには、単純な仕様に設計された人間が必要なのである。こうして、学校は時代とともに少しずつ商業化されていった。


ただ、このプロセスは均一に進んだわけではなく、地域によって強い反発があったり、時期によって大いに支持されたりすることがあった。とくに、第一次世界大戦や大恐慌、第二次世界大戦やスプートニク危機(スプートニク危機Sputnik crisisとは、1957年10月4日のソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功の報により、アメリカ合衆国を始めとする西側諸国の政府や社会に走った、衝撃や危機感を指す)といった国歌の非常事態やその直後には、計画が急激に進展した。一方、より平和な時期には停滞や譲歩を余儀なくされた。


しかし、どんなに激しい抵抗の中でも、第4の目的の背後にいる組織―――は、二十世紀をつうじてますます中央集権化され、支配を強めていった。彼らは競争相手を消耗させ、根負けさせるだけの豊かな資源を持っていた。


子どもたちのマインドコントロールという目的には、それだけの計り知れない価値があったのだ。



学校は危険な場所

1900年以降、学校は非人間的な場所になっていった。そこでは、子どもたちは「人的資源」と見なされた。この言葉を耳にするとき、あなたの前には、第4の目的にかなった多くの労働者がいるはずだ。


それまでのアメリカでは、子どもは個性や自立を期待され育ったが、人的資源としての子どもたちは、「農場」に合わせて形作られることになる。


その農場とは、ほとんどの場合、大企業や主要政府機関である。
アメリカンドリームを揺るがすこの革命は、不快な副産物をもたらした。雇用主は、従業員が組織の歯車としてひたすら働くことを求める。それはつまり、自分の頭で考えない人間こそが、企業や政府にとって最高の働き手であるということにほかならない。


マディソンやジェファーソンといった独立当初のアメリカ人は、この矛盾に気づいていた。しかし、現代人はそれを忘れてしまっているようだ。もしそうなら、社会的効率のためにその事実を完全に葬り去るほうが、義務教育制度の最大の課題でなければならない。


一方、学校は精神的にも肉体的にも危険な場所になってしまった。
実際、学校はつねに一定の緊張感をつくり出し、子どもたちに自分や友人を信頼しないように仕向けている。


その息苦しさから解放されるには、当局に訴えるしかないが、たとえ訴えたとしても、慰めが得られることはほとんどない。



余談:大阪府内の吹奏楽とマーチングで有名な私立高校では、年間の休みが3日しかないほど、練習に明け暮れています。全国1位を目指し頑張っています。実際この学校のマーチング演奏を観に行きましたが、素晴らしいものでした。しかし、クラス内で盗みはたびたびあり、それぞれ、イコカのパスと現金を入れたネックストラップを常にぶら下げていると聞きました。クラスメートを信用できないからです。常にいらいらと家族に当たり散らし、家には寝に帰るだけ…。


娘のいじめ問題で、教育委員会に転校を希望したことがありました。教育委員会は判で押したような回答しかせず、取り合う気もない様子でした。役人というものは、ここまで子どものことを考えてないのだと見せつけられると、今後も相談するようなところではないと確信しました。結局そこを飛び越えて上に相談するしかありませんでしたが、そのようなつてがない場合は、手がありません。


いろんな地域の教育委員会の凋落ぶりには閉口します。まったく頼りにならないし、どちらかというと邪魔をします。いじめ問題の対応にそれが表れています。


話を戻します。


十九世紀半ば、教育改革者のホーレス・マンは、義務教育が善良な子どもを育てる「警察」の役割を果たすとして、実業家たちに売り込んだ。しかし、二十世紀に入ると、学校は企業や政府の下請け機関として、地獄への入り口にされたのである。


学校の無意味なプレッシャー

二十世紀が進むにつれて(とりわけ第二次世界大戦後)、学校は企業と政府のための行動訓練センター、あるいは実験施設になっていった。この計画の当初のモデルはプロイセンだったが、それを覚えている人はほとんどいない。


学校生活は懲役そのもので、繰り返される「標準」テストのプレッシャーが子どもたちを苦しめた。しかし、そのために彼らがどんなに勉強しても、結果は現実を測る尺度にはならなかった。


たとえば、ビル・ブラッドリーとジョージ・W・ブッシュの例。彼らは2000年の大統領選挙で最終候補者に残った4人のうちの2人である。民主党候補のブラッドリーは、SAT (標準学力テスト)の言語スコアが480点だったが、それでもプリンストン大学を卒業し、ローズ奨学金を得て上院議員になった。一方のブッシュも、イエール大学を卒業し、テキサス州知事からアメリカ大統領になったが、スコアは550点だった。


このようにたとえSATのスコアが平凡でも、知事や上院議員にもなれるなら、こうしたテストはいったい何を測っているのだろうか。


優秀な科学者とそうでない科学者を区別しているのだろうか。もしそうなら、ヒトゲノム解析計画に参加七得るような科学者が、お世辞にも立派とは言えない学歴をもっているのはどういうことだろう。

続く






posted by キキ at 00:00 | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする